「この試合で俺はまだ得意技を出してないじゃないか。得意技を出すまでは死ねるかッ」

実家から米が届いた。その中に地元の新聞の内館牧子さんの文が切り抜きで入っていた。
テーマは「三沢光晴さんの言葉」だった。三沢ファンの私のことを思ってわざわざ切り抜いて荷物に入れてくれたのだろう。ありがとう。
知人からのプロレス開催の手紙から始まり、ノア、三沢さんの話へ。「超一流のプロレスラーであり、かつ人望の厚い敏腕経営者として二足草鞋をはいていた。」と紹介し、それと共に地方も大切にした三沢さんの姿を書いている。
「男の気骨と温かい包容力が同居し、非常に頭のきれる人だった。その一方で下ネタも大得意。男子高校生のような屈託のなさが愛らしかった。」と、三沢さんを知らない人でもなんとなく人物像が浮かぶような書き方をしている。男の気骨と温かい包容力、そして下ネタ。リングの上の三沢、リングを下りた時の三沢さん。そんなオンとオフの顔の両方の三沢さん、合わさった三沢さんにファンは熱狂し心酔していた。
三沢さんを知らない読者に対して「プロレスに関心のない人には「三沢光晴のリング死」がどれほどのものか理解できないだろうが、現役時代の王貞治さんや横綱貴乃花関が、グラウンドや土俵で闘っている最中に亡くなったというに等しい。」と表現しているが、私もプロレスファンを抜きにしてそう思う。それくらいプロレス界にとって衝撃的なものだった。
NHK連続ドラマ「必要のない人」の脚本を執筆中に三沢さんに呼ばれ飲んだ時のことが綴られている。内館さんが以前から疑問に思っていた「あんなにズタボロの状態でも2.9で肩を上げる力ってどこから出るの?」という質問に対し「俺の場合、『この試合で俺はまだ得意技を出してないじゃないか。得意技を出すまでは死ねるかッ』て思うと力が出てくる」と答えた三沢さん。内館さんはそれを聞くなり「そのセリフ、私にちょうだい。ありがとッ!」と店を飛び出しドラマの人物のセリフに使ったそうだ。
三沢光晴のDNAを持つレスラーたちの「得意技が出ていないうちは、絶対にあきらめない」とする闘いぶりは、きっと生き方を考えさせてくれる。」でしめられている。三沢さんは得意技を出したのだろうか。でもあの生き方はどんな試合でも得意技を出さないことはなかったと思う。そう考えると最後まで得意技を出し続けたのかもしれない。でも、でも、やっぱりああいう形で10カウントは聞きたくなかった。
この切り抜きを読んだ後録画していた昨夜のワールドプロレスを見たら後半で先週のお別れ会の模様が流れた。先週ディファに行ったことが思い出されて胸がしめつけられるような気持ちになった。そしてお別れ会の後に2005年の三沢・藤波vs蝶野・ライガーの試合が流れた。
試合映像が流れた瞬間から涙が出た。止まらなくなった。先週のお別れ会からようやく少しずつ受け入れるようになったが、そのぶん急に思いだして涙が出そうになることがある。今日は涙が出た。三沢さんの試合はしばらくは見られないかもしれない。見ると感情が溢れて涙が止まらなくなってしまう。
最後に「ミサワーミツハルー!」の選手コールとともに、お別れ会で受け取ったカードに載っていた著書『理想主義者』の「時間は取り戻せない。私は後悔したくない。」という言葉が画面に出た。そこで泣きじゃくった。コールとその言葉、コールされて腕を上げる姿が合いすぎていて、子供の頃からの私のヒーロー三沢光晴がどんどん浮かんできて、我慢できなかった。
もっと選手コールが聞きたかった。もっと鬼気迫る表情が見たかった。もっと立ち上がる姿が見たかった。もっとおちゃめな姿が見たかった。引退後の姿が見たかった。
受け入れるにはまだまだ時間がかかりそう。でも三沢さんから励まされたこと、学んだことは忘れず前を向いて過ごしていきたい。「時間は取り戻せない。私は後悔したくない。」