『リングサイド』を読んだ

十篇の連作短編小説。
プロレスラーの話ではなく、プロレスを見たりプロレスに何らかの形で携わったりと、ほんの少しプロレスが関係している日常が連作で描かれている。その日常の中でプロレスに救われたり前に進んだりできた人々を描いている。


舞台は台湾。はっきり言って台湾のことや特に地理はさっぱりわからないけど、台湾という中でマイナーなジャンルのプロレス、しかも日本のプロレスを取り上げ、それを見事に溶け込ませてかつ静かなのに沸々とした情熱が潜む極上のモノに仕上げている。



最初の「タイガーマスク」で引き込まれるも、その次の「西海広場」では台湾の描写や社会、文化がやや多く描かれてとっつきにくさを感じた。しかしそこで台湾の匂いがしっかり刷り込まれたのか、以降の話はすんなりと入ってきた。


「ばあちゃんのエメラルド」は自分の好きな三沢光晴が中心の話が描かれていることもあり、本作の中で一番、通常の小説作品の中でも素晴らしいといえるものだった。
台湾のプロレス中継は、古い試合が何度も流れる環境。その中でばあちゃんが夢中になっている三沢光晴。でも孫は三沢光晴が試合中の事故で既にもう亡くなっていることを知る。それをばあちゃんに伝えるべきかで悩む。そんな葛藤が描かれている中、最後のばあちゃんのセリフに最高に胸を打たれた。そうだ、そうなんだな。だからプロレスって、プロレスラーっていいんだよ、最高なんだよ。


もう一つ、「パジロ」の中のセリフ
「例えば誰かが“プロレスは芝居だ”と言っても、俺は受け入れる。だけど、俺にとって――お前にとっても同じだと思うが、プロレスは本物なんだ。こう言えばわかるか?」
にも最高に痺れた。活字のラリアットが心の喉にしっかりとブチこまれた。プロレスファンなら、特に日本のプロレスファンなら絶対にわかるこのセリフ。これを台湾の人が書いたというのがすごい。


著者は日本のプロレスが本当に好きで、プロレスに対する尊敬の念と、プロレスへの愛が非常に深くあることが読んでいて伝わってくる。そしてその思いは熱さとなって活字からにじみ出ている。
日本でも新日が盛り返してプロレス人気も以前よりはあると思うが、それでもまだ全体からすればマイナーだ。
だけど、でも、それでも、プロレスが好きだ。日本の外、台湾でもこうしてプロレスが好きで、きっとプロレスに救われプロレスに勇気をもらった人がいるんだと思えることが何より嬉しい。


大人になるほど、好きなものに一生懸命夢中になり、そして好きでい続けることの素晴らしさと難しさを感じると思う。好きなものを好きでよかったと、当たり前をもう一度確認できる作品。倒れても立ち上がる、それがプロレス。


リングサイド

リングサイド