『陰日向に咲く』を読んだ

素晴らしい。素直にそう思った。
よく映画のCMであるような無理矢理興奮や感動を煽るような宣伝は嫌いだ。特に観客がカメラに向かって涙を浮かべながら「すごい泣けました」とかいうCM。だから何かを能動的に知ろうとする時はできるだけ事前に情報を得ようとしないようにしている。先入観0で自分の中に取り入れたいという思いが強い。
劇団ひとりの処女小説であるこの作品は、初め新聞広告で知った。表紙の写真とともに私が好きな恩田陸さんの「ビギナーズ・ラックにしては上手すぎる。」という文が入っている広告だった。
これを見て「読もう」とは初め思わなかった。なんか無理矢理プッシュしているような感じを受けた。
今となってはこれは悪い先入観だったのだと思う。もちろん恩田陸さんは好きな作家だし、お笑いも好きだし劇団ひとりはライブビデオも見たことがある。まあ一人のライブよりも一番好きなのは尾藤武コントなんだけど。
お笑いは好きだし小説も好きだ。だから悪い印象はない。ただ、なんかその新聞広告が無理矢理持ち上げているような感じがした。それが悪い先入観だった。
そこで変に頑固になってしまった。読まない、と。だけど人間意識しなければしないほど気になってしまうもの。ついに買ってしまった。
それでもちょっと身構えていた。「ネタ本みたいなものだったり推薦文が誇張だったりしたらタダじゃおかないぞ」と思いながらページをめくった。
読み始めてすぐにそんな悪い先入観と悪い壁は取り除かれた。ぐいぐいとひきこまれる。
ネタバレはしたくないので内容はできるだけ書かないが、ものすごく完成度が高い。驚いた。間違いなく文才があると思う。
全体を通して漂う哀しげでままならぬ人生と不幸せな登場人物、そして一つ一つの話がとてもよくできている。登場人物誰もが素直で愛しくなる。
しかし真価を発揮するのは連作であるということ。数々の伏線が素晴らしく、途中何度も読み返してしまう。そして心温まる。
笑えてじんわりくる。これは情報源が増えている今の世にとってなかなか感じられるものではない。それをやってのけたのが劇団ひとり
あえてケチをつけるならら抜き言葉がちょっと目立ったっていうことかな。会話文ならまだギリギリ許せたんだけど。でもそれを補うだけの内容がある。


タイトルのとおり「陰日向」の人々の話。そんな陰で生きている人たちがぽっと「咲く」。ぱっではくぽっと咲く。それがいい。人は生きて人と交わっている限りどこかで誰かを影響しているんだなあと思った。
事前に情報を知りたくないと言った自分が言うのもなんだけど、まずは立ち読みからでもいいと思う。じっくりと連作の深さを知るのは買ってから。私のような変な先入観と偏見を持っている人が一人でも減って一人でも多くの人が読むことを祈る。

陰日向に咲く

陰日向に咲く