お盆休み、おかわり希望

お盆休み明け、もちろんそれ以前の奉公の記憶はない。でも現実は残酷。ここまで厳しい状況を毎日続けないと暮らしていけないのかなあと他人事のように思ってしまう。逆にそこまでしても一向に楽にならないのはなんでだろう。


この一週間ほぼデジタルな世界から離れて自然と触れ合う野生児的な過ごし方をしてきたので、モニターを長時間見続けるというのが辛かった。
ただ、そのモニターをどんなに眺めても、山の木々の揺れる音、ひたすら続く田んぼ道、いつまでも耳に残る波音を超える美しさも感動も刺激もない。なんだかとんでもない損をしている気持ちになる。


こんな気持ちになるのもリハビリの今日だけなんだろうか。忙殺されこういう思いも忘れていつもの日々に染まっていくのだろうか。
こじらせたピーターパンが生きていくにはあまりにも現代は辛い。