秋の夜長に・・・

秋を感じた時に衝動買いした「尾崎放哉句集」を寝る前に読むのが10月からの習慣になっている。尾崎放哉といえば「咳をしても一人」で有名だが、「独り身+秋」でこの句を思い出した時に「他にどういう句があるんだろう」と思って買った。最初は勉強の息抜きの時などに読んでいたが、夜に読むほうがしっくりくると感じて夜に読み、さらに寝る前に読むようになった。布団に入ってこれを読むのが一番いい。何度も何度も読み返している。
「なぎさふりかへる足跡もなく」
「いつ迄も忘れられた儘で黒い蝙蝠傘」
「今朝の夢を忘れて草むしりをして居た」
「何かつかまへた顔で児が藪から出て来た」
「打ちそこねた釘が首を曲げた」
印象に残る句、好きな句はまだまだある。尾崎放哉の句はどれもガーンときて、その後自分の周辺がしんとする感じがする。なんともいえない。
中学か高校の頃に国語の俳句の授業で、自由律詩の「咳をしても一人」を見た時に衝撃を受けた。もう頭で理解するのではなく感覚的なもので伝わってきた。その時に種田山頭火の「分け入っても分け入っても青い山」も一発で気に入ったが、結局放哉のほうが好きになった。
「咳をしても一人」―――この九文字にものすごくたくさんのものが詰まっている。その情景、その時の空気、その時の気持ちなど。部屋の音を全て消してこの句を口に出すと、ぶわっと放哉が詠んだ時と同じ光景が広がる。
放哉の句はどれも孤独な感じがする。しかも自ら孤独を求めているように思える。前向きにひたすら孤独を追求し生涯を終えたように思える。孤独は悪いものではない。
私も孤独について考え追い求める時があるが放哉の域には全く到達しない。しかし前向きに孤独に向かうことの良さはわかった。
秋の夜長・・・といってももう冬に近い。まもなく12月だ。布団に入って句集を開こう。