お盆

親父の実家に墓参りに行った。おじさんは昼が都合が良いということだったので10時過ぎに出発した。


子どもの頃から父親の実家が好きだった。とにかく田舎、はっきりいって田舎なのだけど、それが大好きだったし今でも猛烈に好きだ。「ニッポンの夏」と聞いて日本の人が抱くイメージがそのまま羽後町にはある。


大曲ICを降りて36号線をひたすら走って行くと、青い空、ところどころ見えるもくもくとした雲、どこまでも続く田園風景と、私が好きな風景がひたすら続く。子どもの頃はこの風景に心躍らせて、あと何分で着くのと親に聞いていたが、大人になると「この風景はあといつまで見ていられるのだろう」という少し感傷的な思いが混ざってくる。
もう使われていないだろう田畑や、だいぶ痛んだ建物を見る度に、「過疎化」や「高齢化」という言葉が頭をよぎる。
時折新しい集合住宅を見かけるが、親父曰く「山のほうだと冬が大変だからみんなこっちに下りてくるんだ」とのこと。人が増えて新しく建てているのではなく、今の場所が年を取って住みづらくなってきているから下りてきているという現実が田舎にはある。


親父の実家に着くと早速カメラを構えた。学生の時から着いたらまず写真を撮るようにしている。風景はそれほど変わっていないように見えるけど、それでも毎回撮りたくなる。それくらい親父の実家周辺は美しい。個人的にはここが日本で一番美しいところだと思っている。空の青、山と田の緑、土の茶色、好きな色を全て見せてくれる。
羽後町に向かう道と、親父の実家周辺の風景を見ると、いつも元ちとせの「いつか風になる日」が脳内に流れてくる。「夏、田舎、自然」が重なるとこの曲が流れて、「あ〜いいな〜」と目にうつるものに魅了されとろけてしまう。
自然って本当に大事だし美しい。人は自然の中で生きるのが当たり前だし自然の中でしか生きていられないんだよ。


写真を撮り終えたら各種お中元・お土産を渡して墓参り。自分のルーツを感じつつご先祖様に挨拶をした。
それにしても田舎は涼しい。暑いんだけど、涼しい。快晴なんだけど優しい風が常に少しだけ吹いているので、お墓までの道のりも気持ち良く歩けた。
そして家の中も風通しが良く、扇風機もかけずに過ごすことができた。和であり、自然の中で自然のまま過ごせて、自分にとって理想の家だ。
ただ、明るい話題ばかりではなく、田舎や農業の厳しい現実もおじさんから聞いた。田畑があって自給自足の生活ができたら、たとえ不作などの時があってもトータルでは楽しく自分らしく生きていけるだろうと思っていたけど、現実問題米と野菜作りだけでは厳しいと知った。それでも、それでも。


夕方前にごちそうさまをして帰ったけど、帰り道に見た夕暮れの景色は秋の気配がしていた。親父が昔から言っている「お盆過ぎたらもう秋だ」という言葉が、秋田にいてかつこの年になると心の芯でわかってくる気がする。背伸びしているだけかな。


あ、道の駅うご端縫いの郷のうご・じぇらはしったげうめがったど!